週刊新潮、芸術新潮、フォーカスを創刊した齋藤十一氏の評伝『鬼才 伝説の編集人 齋藤十一』感想

鬼才 伝説の編集人 齋藤十一 コラム
『鬼才 伝説の編集人 齋藤十一 』(森功著、幻冬舎)

新刊『鬼才 伝説の編集人 齋藤十一 (幻冬舎単行本)』を読みました。恥ずかしながら齋藤氏のことはよく知らなかったですが、すごく面白く一気に読んでしまいました。編集者にとっては考えさせられる内容だったので、気づいた点や感想をまとめておきたいと思います。

齋藤十一氏とはどんな人物か?

まず本書の主人公である、齋藤十一(さいとう・じゅういち)氏はどんな人物でしょうか。

1914(大正3)年2月11日生まれ、2000(平成12)年12月28日没の故人です。長らく新潮編集長をしながら、週刊新潮、芸術新潮、フォーカスなどを創刊。新潮45を刷新しています。長きにわたって新潮社で編集のトップとして君臨し、“新潮の天皇”と呼ばれたそうです。

権力者ゆえ作家との交流も多そうだが少なく、太宰治、山崎豊子、新田次郎、松本清張ら限られた作家とのみ深い付き合いをしていたとのこと。特に山崎豊子、瀬戸内晴美(瀬戸内寂聴)、五味康祐、山口瞳らは彼が育てたとされるほどですから、目利き力のすごさがうかがえます。

どれだけ影響力を持っていたかというと、たとえば週刊新潮など彼が創刊した雑誌では自らが編集長には就かなかったものの、編集会議(御前会議などと呼ばれた)で企画のネタ出し(指示)、タイトルなどをすべて決めていたそうです。取材前にの企画は基本的に推論にもとづくわけですが。記者たちが取材してみると、それがことごとく当たっていたといいます。

若い時から文学や音楽に触れその知識量はすさまじい上、編集者となってからもあらゆる媒体に目を通し、地方のミニコミ誌まで読んでいい原稿、いい筆者を探していたといいます。

方向性を指し示すだけでなく、細かく具体的な指示も

ここからは本書に書かれていることへの管理人の感想や気付きをまとめたいと思います。

まず齋藤氏は、形容でもなんでもなく“カリスマ”でしたが、なんとなくの指針を示すだけであとは現場におまかせ、というリーダーでもない。というのも、指示も細かく具体的です。

たとえば週刊新潮では「黒い報告書」という男女の痴情のもつれを作家に書かせる連載企画があったそうですが、これを始めるにあたって担当編集者には、

「谷崎潤一郎や永井荷風の濡れ場をよく読んで、研究してくれ」

と編集部員に指示したそうです(本書p141)。具体的な作家名を挙げて指示しているあたり、具体的なイメージが頭の中にあったことが分かります。

谷崎、永井という作家であれば読んでいてもおかしくはないですが、上でも書いたとおり、齋藤氏は地方のミニコミ誌も読んでいたといいます。このあたり、深夜番組も含めてお笑い番組をほとんど見ているとされるお笑い怪獣・明石家さんまさんを思い起こさせました(笑)。

よく、ビジネス書やビジネスメディアに取り上げられる一般的なデキない上司の特徴として、「指示があいまい」ということが挙げられます。その点、佐藤氏は時に細かく指示をしていたといいますから、現場の記者は大変でしょうが、ある意味やりやすかったのかもしれません(ただ作家には『貴作、拝見、没』とだけ返していたというので、作家にとっては大変だったでしょうが)。

彼もすごいがナンバー2がもっとすごい?

齋藤氏自身が超一流の編集者であることはもちろん、その懐刀として存在した野平健一氏がすごかったということも、齋藤氏が長い間、実力を発揮し続けることができた要因ではないかと思います。

野平氏は熱烈な太宰ファンで、担当編集者もしていたそうです。週刊新潮に創刊から関わり、後に編集長も務めています。彼がどれだけ切れ者だったかというと、「カミソリノヒラ」というあだながあったほど。

その野平氏はよく編集部員に、こう言っていたそうです(本書p203)。

「斎藤さんという人には、たしかに知恵がある。だけど、教養がないからなぁ」

編集部の誰もが教養の塊と脱帽し、畏怖する齋藤氏に対してこんなことが言えるのは、野平さんはよほどデキる人だったのだろうと思います。齋藤氏の超人ぶりと考え合わせると、「冗談でしょ」と切って捨てられそうな発言ではありますが、この野平氏のコメントが本心かもしれないと、元新潮編集長の坂本忠雄氏が話しています。本書の筆者である森功氏に対して、坂本氏はこう話したそうです。

斎藤さんの知識や教養が尋常でないのは誰もが知っているけど、野平さんの教養はそれ以上だからね。頭の回転やキレのよさという点でも、野平さんのほうが上かもしれない。ご本人にはその自負もあるんだろうね

「俺のほうができる」と実際に感じていたのかもしれません。もちろん、それでもなお斎藤さんの下でずっと働いてきたということは、ある意味勝てないと分かっていたからなのでしょう。なぜ切れ者であり、教養のある野平さんが齋藤さんを超えられなかったのか。坂本さんは上のコメントに続けてこんな分析を披露しています。

「でも、結局、斎藤さんにはかなわない……(中略)斎藤さんには狂気めいた鋭さがある……(後略)」

「狂気めいた鋭さ」と聞くと他にも思い出す人物がいますが、歴史に名を残すような編集者にはそうした資質があるということでしょう。野平さんもそうした部分で勝てないと認めていたのではないでしょうか。

俗物根性を隠さない 人間とはそういうものだという思い

雑誌ジャーナリズムは数々の政治・経済スキャンダルを暴いてきました。その親といえる齋藤氏が生んだ週刊新潮やフォーカスも、当然あらゆる人物へのインタビュー、あらゆる事件の記事・当事者の写真を掲載して世間を驚かせ、世論に影響を与えました。

本書ではフォーカスのエピソードが紹介されています。創刊号ではロッキード事件で偽証罪に問われた国際興業社主の小佐野賢治氏のインタビューを掲載したそうです。その記事が掲載され、フォーカス編集長や役員らは記事に満足していたそうですが、齋藤氏は不満が残っていたといいます。そして、こう話したそうです(本書p219)。

「せっかく小佐野の家に行ったのに、どうして訊かなかったんだね? あの男が朝飯に何を食い、あんなでかい家のなかで何をやっているのか」

これはシブい視点だと思います。実際、記者がこの質問をぶつけていたとしても誌面に載せられたか分かりませんが、こういう「人間に対する興味」を齋藤氏はずっと持ち続けていたわけです。どんなに世間を騒がせた政治・経済事案の当事者であっても、普通に生活をしている他の人(自分たち)と同じです。「なぜそれをやったのか」「どうしてそういう事態が起きたのか」ということを聞くインタビューであっても、そういう人間らしさ、生活感、俗っぽさというものがあるはずで、それを披露することが雑誌の使命であるということなのかもしれません。

別の頁では、日本交通公社の雑誌『旅』から新潮社に入り、45+のリニューアルにかかわった石井昴氏による、齋藤氏の出版物に対する考えの分析が披露されています(p254)。

読者として自分自身の俗物的な部分を肯定しながら、ノブレスなものへの憧れを抱いてきた。書き物は教養に裏打ちされた俗物根性を満たさなければならない。そういうものにしなきゃダメだと考えてきたのでしょう。人間はデモーニッシュな生き物であり、人の頭を割ってなかを見ると、ろくでもない存在であることが分かる。けれども、そこに光る何かを見出す。それが下品にならない書き物であり、そこに斎藤さんの一種の価値観があるのではないだろうか。

編集者が自分が読みたいものを作っているのかという命題

齋藤氏が『新潮45+』を『新潮45』として立て直すことになった時、最初の編集会議の様子を録音した素材を文字起こし紹介があるそうです。そこで齋藤氏は編集部員にたいして「君たちが作っているものは読みたいものなのか」という根本的な問いを投げかけていて、とても興味深いです。そこではこう語られています(p228)。

「たとえば、いままでの45は……。キミたちみたいな優秀な人があんな雑誌をよみたいと思っているのか。それを僕は非常に怪しんでいる。
たとえば、『男の色気〜』とか、キミたち、読みたいか。キミたちみたいな人間が、人間として何を求めているかだ。そういうものを45が与えたかどうか」

作者の紹介によると、「男の色気」とは『新潮45+』時代の記事のタイトルの一つを指しているそうです。つまりそれまでの誌面づくりを根本から否定したわけです。それまで伸びなかったやり方や体制について、なぜダメだったのかを示した上で、これからはこうするという方針を示す。スクラップビルドなやり方にはとても納得できます。

この発言が、どれほど真意を含み、どれほど発奮のための誇張だったのかは分かりませんが、「自分たちが面白いと思うもの、読みたいと思えるものを一生懸命つくっていないから売れないんだろう」と言われて、多くの編集部員はドキッとしたでしょう。「なんでこんなにおもしろいものを作っているのに売れないのか?」とは思っていなかったはずです。

やらされ感で作ったものが面白くなんてなりません。たとえそこそこ面白く作れたからといってそんなまぐれは続かないし、だいいち齋藤氏のような人の目はごまかせないでしょう。

なおその『新潮45+』のリニューアルですが、鳴かず飛ばずだった同誌を、齋藤氏が「俺に寄越せ」とテコ入れをはかり、「プラスなんて余計なものは要らん」と『新潮45』に改名。日記と伝記を日本柱としたノンフィクション誌にリニューアルして売り上げを大幅に伸ばしたそうです。

齋藤氏を天才たらしめる三要素とは

新潮社に入社後、週刊新潮を経て新潮45のリニューアル創刊メンバーになった伊藤幸人氏は、齋藤氏を天才たらしめる要素として3つ挙げています。

それが、「ある種精神的貴族でありながら俗的な興味を持っていること」、「言葉のセンス(頭の中には古今東西の有名な本のタイトルや名台詞、箴言にいたるまでがびっしりつまっている)」、そして「黒子に徹したこと」だといいます。齋藤氏は編集者の仕事として何かを残すことを潔しとせず、「これは俺がやった仕事だと言わなかった」といいます(p260)。

かなり端折って項目だけ紹介しましたが、本書を読んでいただければ納得必至の分析と思います。

「あの人に認められたい」という人物に出会えた幸運

皆さんには、仕事や創作をする上で、「あの人に認められたい」という憧れ、畏怖の対象といえるような人物がいるでしょうか。たとえば会社の上司や先輩でもいいし、友達やもしかしたら部下・後輩など年下でも構いません。さらには、会ったことがない人物でもいい。そんな存在がいることは、自分を発奮させ、手を抜かずに頑張り続ける上で重要なことだと思います。

齋藤氏は大編集者ですから、多くの作家たちが彼の目を意識しつづけたようです。本書で最終盤に瀬戸内寂聴さんのコメントが紹介されています(p297)。

「私は斎藤さんと二人きりでお目にかかったり、いっしょにご飯を食べたことは一度もありません。それでも、ずっと見張られている気がしていて、斎藤さんに観られて恥ずかしく内ものを書こうとしてきた。齋藤さん何て言うかな、といつも思って仕事をしてきました」

これは編集者と作家という関係に限ったことではないと思います。ビジネスパーソンであっても学生であっても、あの人に認められたいとか、認められないまでも見せて恥ずかしくないものを生み出したいという気持ちは前向きな原動力になると思います。自分がそういう人物を持ちたいという思いとともに、誰かからそう思われるような人物でありたいとも思いました。

オールドメディアが衰退しつつある現代において本書を読むことの意味

近年、ご案内のとおり雑誌の休刊があいついでいます。新聞も部数を減らしていますし、最近ではテレビもYouTubeや動画配信サービスと可処分時間を奪い合う競争で負けつつあります。

管理人もこうしたオールドメディアで働いた経験を持つので、その強さや魅力、必要性や可能性の存在は信じているものの、ではどうしたらいいのかは分かりません。

そうした変化が生じたことについて、新しいメディアの誕生といったことも理由として考えられるでしょうが、齋藤氏のような編集者や記者がいなくなったことも一因とは考えられるのかもしれません。本書の筆者である森氏はこのように書いています(p308)。

空洞化しているのは、新潮社や週刊新潮だけではない。週刊誌に限らず、出版界、新聞、テレビにいたるまで、かつてのような記者や編集者がいなくなり、伝える中身がスカスカになっている。言論界全体が空洞化しているように感じるのは私だけではないだろう

伝える中身がスカスカになっているかどうか、定量的なデータはありませんが、編集者や記者、言い換えればメディアが「分かりやすさ」を求める読者や視聴者に忖度し続けた結果、中身がスカスカになった部分はあるのではないかと思います。

たとえば、これはいい例かどうか分かりませんが、昔なら文章で(それも旧仮名遣いや漢字などで)しか吸収できなかったコンテンツが漫画やアニメになり、短時間であらすじやエッセンスを把握できるようになったものの、作者や筆者が伝えたかったことを自分で考えて掴み取る必要性がなくなり、次第に考える力というものが失われてきた。そんなロジックは成り立たないでしょうか。

別に漫画やアニメが文章より劣っているということではありません。

少なくとも、現代人が日々浴びている情報の量は、昔よりも飛躍的に増えていると思います。では、それでより深い思考ができるようになったのかは疑問です。接する情報が増えたところで、受け取り手に教養がなければ単なるノイズでしかないわけですが、衰退してきたメディアがそれを助長した部分もあるのではないでしょうか(本書の感想をまとめながら考えただけの思いつきの理論なので、大した説得力はないかもしれませんが)。

「昔はよかった」と思う人の視界に入っていないもの

ここでもう一つ触れておきたいのが、かつての記者や編集者のあり方が今許されなくなっているということです。コンプライアンス重視、性別や年齢、出自などによる差別が許されない現代にあって、本書で紹介されたようなかつてのメディア制作は難しくなってきています。記者であれば夜討ち朝駆けができなくなったり、社外の人同士の付き合い方に気を使わなければいけなくなったり。

過去のやり方を是とする人たちにとっては、そうした変化は寂しく感じられるでしょう。しかしそれはたいてい避けられないものだと思います。それが人類の、社会の進化であろうとも思います。それを認めないのはある種、反知性主義的な考え方ではないかとすら思います。

そもそも「昔はよかった」と言う人たちの視界には、「昔なんてとんでもない時代だった」と感じている、ある種の被害者たち、報われなかった人たちは入っていません。

重要なのは、「昔がどうだったから今そうでないのはけしからん(または寂しい)」などと言うのではなく、「昔がどうであったとしても、今は、そしてこれからはどうあるべきなのか」を考えて、つくっていくということです。

あらためて、「メディアは、そして編集者・メディア人はこれからの時代どうあるべきなのか」という命題はとても重く、難しいものであると感じざるを得ません。

筆者はあとがきをこう締めくくっています(p318)。

本書がマスメディアのあり様を考えるうえで何らかの役に立てば、これ以上の喜びはない。

雑誌メディアに興味がある人はもちろんですが、メディアに関わるあらゆる人に読んで欲しい一冊です。


補足 本書で目を留めた芥川の箴言

本書ではまた、齋藤氏の言葉ではないですが、芥川の箴言集『侏儒の言葉』からの引用も紹介されています。「なるほど」と思った箇所について引用しておきます(p293)。

民衆は穏健なる保守主義者である。制度、思想、芸術、宗教、──何ものも民衆に愛されるためには、前時代の古色を帯びなければならぬ。いわゆる民衆芸術家の民衆のために愛されないのはかならずしも彼らばかりの罪ではない。

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